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私にとっての平成時代

30年あまり続いた平成時代は、私にとっては子育てのあゆみそのものでした。

平成元年に結婚し、二人の息子に恵まれて、2年前には一足先に次男が社会人となりました。そして平成最後の今春、長男が社会人となって家を離れたcamomille家です。
ちょうど30年かけて、息子たちを育ててきたのだなぁと改めて思います。

ひとりの人間を自立した大人として育て、社会に送り出すということの責任の重さに、押しつぶされそうになることも多かった若い頃の私。きちんと育てなければという思いが強くて、厳しい母親だっただろうと思います。
今思い返せば、もっとゆったりと構えて過ごせばよかったな…もったいなかったな…と、ちょっと残念だったりもしますけれど、当時は一生懸命だったのですよね。

高熱を出してぐったりしている子を抱きしめながら、お耳が痛いと泣き叫ぶ子にうろたえながら、できることなら代わってやりたいと願った日々が昨日のことのようです。
実力以上の志望校に合格して、思わず抱き合って嬉し涙を流した日も、努力が報われず嗚咽を漏らす姿にただただ背中をさすり続けた日も、やはり昨日のことのよう。
それでも『合格した学校に胸を張って入学しなさい』と心から言えたあの日の私の気持ちは、今でも大切なものです。

辛いことがあった時期に、悩み苦しむ姿を見てもどうすることもできず、どうか無事に帰ってきますように…顔を上げて前を向いて歩んでいけますように…と祈るような気持ちで過ごした日々。せめて私は笑顔で見送り、笑顔で出迎えようと必死でした。

嬉しいことや楽しいこともたくさんあった、子育ての日々。でもそれと同じくらい大変なこともあったように思います。辛かったことを思い出すと、今でも胸がギュッとなります。でもそれ以上に、たくさんの笑顔を思い出すこともできます。

息子たちを支え、アドバイスを与え、助けてきたつもりの30年間でした。
でも改めて考えると、支えてもらっていたのは私の方かもしれないと思います。彼らの存在があってこそ、今の私がいるのだと。
育ててきたつもりの息子たちに、私もまた育ててもらっていたのですよね。
何より、自分の命に替えても守りたい存在というものがあることを、初めて知りました。

私にとっての平成時代は、幸せな時間でした。
明日から始まる令和の時代、これからは持っているエネルギーを息子たち以外のどこかへ向けることを考える時間なのだと思っています。
まずは自分の暮らしを確かなものにしたいです…と言いつつ、きっと今日までの私と何も変わらないまま令和を過ごすことになりそう…。
そして、それはそれで幸せだと言っていそうな気がします。

まもなく平成の時代が終わります。
大きな災害の多かった時代でした。でも、戦争のない時代を過ごせたことは大きな幸せでもありました。
令和の時代が穏やかで温かな時代であってほしいと思います。
何より安心して生きていける、平和な時代であってほしいと。



2 COMMENTS

あんどーなつ

平成の前の年(1988年)に結婚した私ですが、
camomilleさんの言葉を、自身の歩みと重ねつつ
涙なみだで読ませていただきました。

子育ての日々は、決して楽しいことばかりではなく、
「子供なんて産まなければよかった、、、」と
本気で思ったことも、正直何度もありました。
それでも、camomilleさんのおっしゃるように、
我が子が『命に代えても守りたい存在』であることに
違いありません。

平成から令和の時代へ。
世は改元フィーバーの真っ盛りですが、
これまでと同じように、地味にささやかに
小さな喜びに感謝しながら暮らしていけたらなあと思います。

平和な時代でありますように(´-`*)

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camomille

あんどーなつさん

子育てに忙しかった頃、『もうちょっと大きくなれば楽になるのだろう』と
何度も思いました。
でも、大きくなればまた別の悩みが出てくるのですよね。
大人に近づけば近づくほど、その悩みは大きくなり、心配も大きくなり…でした。
幼い頃の心配は、まだ単純なものだった…いつになったら、こういう心配から
解放されるのだろうと思ってばかりの日々だったように思います。

ただ、もう手を離していいのですよね。
何も心配しないで暮らすことはできないけれど、今度は心配をかけないで暮らすことに
力を注がないと!と思ったりしています。

私もあんどーなつさんと同じように、大騒ぎするのではなく
静かに穏やかに、そしてできるだけ笑顔で暮らしていきたいと思います。

平和が一番ですよね(*^^*)

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