少し間が空いてしまいました。
前回の記事では、息子たちが小学校5年生と3年生の終わりに始めた在宅の仕事を結局10年間続けたことを書きました。
(→ 専業主婦でいることの罪悪感 Part3)
ほんのわずかではあっても収入があることで、喜びを感じ、気持ちの余裕が出てきて、何よりも《自分は仕事をしている》という自信を持てた、そんな時期でした。

もうこのまま今の仕事を細々と続けていくのでもいいかな…
そんなことを考えかけていた頃、私の考えが変わり始めたのです。
『やっぱり外で働いて、もっと収入を得よう』
長男が大学4年生、次男が大学2年生の夏のことでした。
次男が幼かった頃、こんなことを考えました。
『私が50歳になったら次男が大学を卒業して、学費からも解放されるんだな…。まだまだ道は長いけれど、息子たちが社会人になってからの私の人生もまだ十分長い。がんばろっ!』
まだ大学の学費がどのくらいかかり、家計を圧迫するものなのか漠然としかわかっていなかった頃です。しかも、大学は4年間しか行かないものだと決めてかかっていました。ま、私も未熟だったということです。
ところが人生計画通りにはいかないものです。
長男が大学2年生の頃、学部を卒業したら大学院へ進学したいと言い出しました。それも、修士課程の2年間だけではなく、もしかしたらもっと先まで。
そして次男に至っては、大学に入学すると同時に『大学院進学を視野に入れて、学問に励みます』と宣言しました。将来進みたい道を示し、そのためにはその経歴が必要なのだと。
おっと、私の50歳解放計画はすでに崩れ去りました。
しかも、大学の学費は想像していた以上に高額でした。
長男は私大理系…年間の学費は学部で150万、修士課程で100万でした。
次男は私大文系…学部・修士課程ともに年間100万の学費がかかりました。
学生生活でかかるお金は学費だけではありません。
2人とも自宅生でしたから、ひとり暮らしに比べればかからずに済んだ費用も多かったとは思います。でも定期代、教材費、被服費、理容費、書籍費(これが結構かかりました)、携帯代、昼食代などなど。
もちろん2人ともアルバイトをして、自分たちの遊びにかかるお金は自分たちで工面していました。でも大学院まで行きたいという大学生がアルバイトばかりしているわけにはいきません。学業第一です。
お小遣いとしては昼食代くらいしか渡してやれませんでしたけれど、先述した費用はすべて親がかりですから、結構な出費ですよね。
息子たちが大学生になり、『母』としての仕事はめっきり減りました。
それぞれの道を、それぞれの責任で歩み始め、家にいる時間も短くなりました。私が自由に使える時間が増えるとともに、これでいいのかしら…? とずっと考えていたような気がします。
夫も息子たちもとてもがんばっているのに、私だけががんばっていないような気もしていました。
私がしていた《仕事》にはもちろん誇りを持っていました。
でも、きっともっとがんばれる…というより、これだけお金がかかる状況にあって、それを夫ひとりの肩に全てかけてしまうのは、何か違う…と思い始めたのです。
もともとほんのわずかしかなかった在宅の仕事、勤務体系が変わってさらに収入が少なくなりそうな状況でもありました。もう迷っている場合ではないわね…。
そして、長男が大学4年生、次男が大学2年生の夏に事務パートの仕事を始めることになったのです。
外で働くのは20年ぶり、何の資格も特技もないという悪条件のかたまりのような私を相手にしてくれるところはあるのだろうか?
…最初の1本の電話をかけるのにどれだけの勇気が必要だったことでしょう。
採用・不採用の連絡を受けることになっていた日、電話を取るのに手が震えるほど緊張していました。
ご縁のあったこの会社で、昨年の夏までの7年間働きました。
正直なところ、とてもやりがいがあるというわけではなく、暇で暇で仕方のない時間も多かった職場。
それでも私より10歳以上年上の営業のお姉さま方がとても親切で、てきぱきと魅力的で、更年期の不安定な体調に悩んでいる私をずいぶん支えてくださいました。
次男が3年前に修士課程を終え、長男が昨年後期博士課程を終え、それぞれ就職して私の気持ちも楽になってきました。
本当ならこれからは自分たちの老後の資金を増やすために働き続けるべきだったのかもしれません。
ただ、会社の経営状態もよくなく、業務は減る一方、最初は3人の事務パートで回すのが手一杯だった業務が、私一人でも時間を持て余すようになりました。座っているだけでお給料がいただけるならいいじゃない!と割り切ろうとしたこともありましたけれど、《この時間があったらどれだけのことができるか》と思い始めてしまったら、もう限界でした。

もういいんじゃないの?
かあちゃんは、十分がんばったと思う

もう少し早くに強く背中を押してあげられればよかったね
…と、家族の賛同も得て退職、それこそ念願の専業主婦になったのです。
もともと専業主婦志向の強い私ですから、最初は嬉しくて嬉しくて。
毎日、少しずつ気になっていたところを片付けたり、ゆっくり時間をかけてお料理したり、趣味の時間もたっぷり取れて楽しんでいたのです。
でも、大人ばかり3人の生活ですからね。
一度片付けたところは、もうそうそう散らかりません。
世話を焼く必要のある人もいません。
そう毎日、おごちそうばかり食べているわけにもいきません。
そして浮かんできたのが…。

私、もう働かなくていいのかな
遊んで暮らしていていいのかな
老後の資金、どのくらいあれば潤沢と言っていいのかわかりません。
夫も息子たちも働いているのに、私はたいして多くもない家事だけをしていてよいのかしら?
全く収入がないという生活は、17年ぶりくらいでしょうか?
自分のものは今までの貯金で買っていますので、家計に影響は与えていないはず。でも、その資本は増えることはないのですよね。むしろ減る一方なわけです。
すぐにどうこうなることはないにしても、やっぱり落ち着かなさというか不安のようなものがつきまといます。
好きなことだけして暮らしている、今の私の生活に価値があるのかな?
そんなことまで考えてしまって、これは無収入であることへの《引け目》とか《劣等感》なのかしら…と思ったりしています。
家族の誰も、今の私の暮らしに文句を言ったりはしないですし、むしろ楽しそうにしていることを喜んでくれているようですのに。
働いて収入を得ることだけに価値があるとすれば、定年後の生活には価値がないことになってしまう…そんなはずはありませんよね。
では、私が今抱えているモヤモヤしたものは何なのでしょうね。
まだ働けるのに働かないでいること?
でも働かないという選択肢だってありますものね。
さて。
Part4まで綴ってみても、迷路に迷い込んだ私の気持ちは出口を見つけられません。
このモヤモヤ感、すっきりさせたいのですよね。
どうしてこんな気分になるのか、理由を知りたいのです。
Part5があるかどうかはわかりません。でも自分の中では、しっかり決着をつけられたらいいなぁと思っています。
長々と書いてしまいました。
最後までおつきあいくださった皆さま、ありがとうございました。
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