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東京はひんやりとした1日でした。
お昼前に、車で出かける次男を見送りに外に出ましたら、身体がブルっと震えました。
お天気がよくて、もっと暖かいと思っていたのでしょうね。
気温もそれほど上がらなかったようですけれど、空気が乾燥していたようでお洗濯物は気持ちよく乾きました(*^^*)
無口な夫の若い頃
夫はとても無口です。
私が話しかけなければ、いつまででも黙っているのではない?と思うほど。
若い頃から、無口でした。
でも人付き合いはよくて、みんながワイワイしているところでニコニコ笑って楽しそうにしている人でした。
私とお付き合いしているときも、私の話をニコニコと聞き、時折発する言葉が的を射ていて《なるほど~》と思わせる人という印象。
たまに軽口を叩くこともあるくらいの人でした。
ただ結婚を決めた時、『将来子どもが生まれたら、ちゃんと話しかけたりコミュニケーションを取ったり、真剣な話をしてくれたりするかしら? 大丈夫かしら?』と少し不安があったのは、ここだけの話。
息子たちが幼い頃の夫
幸いなことに子どもは大好きで、息子たちのことも心から愛して一緒に子育てをするパパでした。
でも無口なのは相変わらず。
いつも穏やかで笑顔ではありましたけれど、たくさん話しかけるという感じではなかったかな~。
そして、シャイというよりも弾けることをしない人で、歌ったり踊ったりという遊び方は皆無でした。
私もこれまでの長い年月で、夫が歌ったのを聞いたことはないかも。
それでも授業参観や保護者会、学校行事にはとても積極的に参加し、小学校の父親の会の立ち上げにも加わって、夏休みに学校に泊まるというイベントを何年も企画したりもしていました。
多分、そういう場でも積極的に発言したりはしていなかったのでは?と思いますけれど、持ち味のフットワークの軽さを活かしてきたのだろうな…と。
無口な夫に少し変化があった頃
息子たちが高校生になったあたりから、夫は以前に比べるとよくしゃべるようになりました。
何年もかけて、私が《こちらから働きかけないと伝わらないことがたくさんある》と言い続けた成果でしょうか?
それとも息子たちが大人にさしかかって、話しておきたいことが出てきたのでしょうか?
息子たちが大学生になった頃には、『最近、とーちゃんはよく話すようになったよね』と彼らも気がついていたようです。
私とも、会話として成立するようになったな~と思うことが増えました。
それまでは、本当に単語しか発していないのではない?とイライラすることも多かったのです。
大人としての会話になっていない!と、文句をぶつけたこともありました。
私の話を聞いているの?と思うくらい、相づちを打つのも下手で、話している相手を見ていないこともよくありました。
こうして文章にしてみますと、よくこの人と結婚したな~と思ってしまう…💧
子育てに関して積極的なのはずっと変わらない姿勢で、そこは尊敬していましたし、ありがたいと思っていましたけれどね。
大事なことほど黙ってしまう
軽い話をしているときは、それなりに会話が成立していても、真面目な話になると黙り込む。
そういうところが夫にはありました。
息子たちの進路に関することなどは、親としての責任感からか、わりときちんと話すことができるのです。
でも夫婦としての私との関係とか立ち位置、両親との関わり方、夫に注意してほしいところなどを話題にすると、途端に無口になってしまうのです。
しゃべらなくなるばかりか、相づちすら打たなくなるのですよね。
夫としては、うなずいているつもりかもしれませんけれど、声も出さずにうなずかれてもこちらには伝わっていなかったりします。
会話って、キャッチボールのようなものですから、相づちを打ってくれないとこちらも次の話ができなくなります。
そして、黙りこくっている夫は不機嫌にも見えて、余計に話が継げなくなっていくという悪循環です。
最近の夫
2年くらい前から義両親の様子に心配なことが出てきました。
まず義母が急激に弱り、体調を崩したり圧迫骨折をしたり、足が前に出なくなったり…。
そして家の中のあちこちに手すりをつけたり、ヘルパーさんに来ていただいたり、義母が先に介護付き老人ホームに入居したりと急激に生活が変化したのです。
最終的には、義父と一緒に介護付き老人ホームに転居するという結論に達したのでした。
この経緯は、このブログにもたっくさん書いてきましたけれど…。
(自分のブログを『老人ホーム』で検索しましたら、こんなにたくさん書いてきたのか!と驚きました💧)
この頃から、夫はかなり変わったと思います。
さまざまなことを考えなくてはならず、義父との話し合いも必要、ケアマネさんやホームを探してくれる方や病院とのやりとりも必要、多くの手続きもあるという毎日。
電話やメールでの連絡は、1日に何度もしなくてはならないという状態だったのですね。
必要に迫られて、私とも相談することが増えました。
誰が何を担当して、病院やホームにはどちらが出向いていくかなど、毎日のように決めることがたくさんあって。
お互いの意見を言い合って、検討して、すり合わせていくという日々の中で、だんだん夫の言葉数が増えてきたように思います。
私の実家の両親のことも気にかけていてくれて、私が昨日のような思いをしていると、励ましてくれたり提案をしてくれたりするようになっています。

よく話す部分と無口な部分
現在の夫は、自分からも積極的に話す内容とそうでない内容が混在していて、話題によって極端に言葉数が異なります。
特に両親に関わること、葬儀や自宅の売却、相続に関することなどは最近経験して知識が増えたせいでしょうか、本当に詳しく教えてくれます。
でも自分のことに関して無口なのは相変わらずです。
もともと感情をあらわにするタイプではありませんし、大変とか疲れた、忙しいなどの言葉を発することはまずありません。
我慢強いのかなぁ。
強靭なメンタルを持った人だなと、いつも思っています。
もう少し、自分自身の素を見せてくれるとよいのに…と未だに思っている私です。
横並びの行動は言いにくいことを言葉にしやすい
今日はよいお天気だったこともあって、5kmほどのウォーキングに出かけました。
最初は肌寒くて上着を持ってくればよかったかしら…と思いましたけれど、歩いているうちにやっぱり暑くなってきましたよ(*^^*)
夫と並んで歩いていても、ずっと話をしているわけではありません。
そしてしゃべるのはほとんど私…という状況も、相変わらずです。
私の昨日の思いなどを聞いてもらいながら、義両親のことで大変だった頃の話も出ました。
その時に私が不満に思っていたことを口にした時、やっぱり夫は黙り込んでしまったのですよね。
横並びですから、もしうなずいていたとしても見えません。
ですから私は、『そうやって黙り込んでしまったら、私は話を進められない!』と文句を言いました。
お願いだから、『うん』だけでもよいので、声を出して相づちを打ってほしいとも言いました。
そう、この点は未だになかなか変わらないのですよね~。
でも、横並びでウォーキングしていると、私も向き合っているよりは正直な思いを口にできます。
面と向かって言いにくいことも、横並びだとなぜか言葉にできるのです。
それは、食卓でも同様で、向き合って食事をするよりも横並びに座ったほうがきちんと話ができたりします。
私にとって、夫とのウォーキングはちょっと真剣に伝えたいことがあるときのよいチャンスでもあります。
夫婦になって34年、今後いつかは2人になることも考えると、まだまだ歩み寄りたいことはたくさんあるような気がします。
お互いに変わってほしいところは諦めずに伝えていけるようでありたい。
努力できることは努力して、これからでももっとよい関係を模索していきたい。
そういう気持ちもあって、まだまだ言いにくいことも口にするチャンスをうかがっていきたいですと思うのです。