また突然の悲しすぎる、辛すぎるお知らせが。
まだまだお若い岡江久美子さん、明るい笑顔しか浮かびません。
聡明で、温かく柔らかい言葉で話され、でも必要なときにはビシッと物をおっしゃる潔い感じが好きでした。
自粛、自粛で息が詰まる…閉塞感が…などという言葉は、命があってこそ言えること。
家に閉じこもってばかりはいられないなんて、元気だからこそ言えること。
東京では新宿、渋谷、池袋、東京などの本当に大きな街の人出は減っています。
でもいわゆる都心を少し離れた、いわゆる地元の有名な商店街はいつにも増して多くの人出。
近隣のスーパーも、家族連れでのお買い物が目立ちます。
確かに、新型コロナウィルスの影響が出始めた頃は、『繁華街へ出かけるのはやめましょう』ということと同時に、『日用品のお買い物は大丈夫』だと言われました。
ですから、近所のスーパーなら…と思うのでしょうね。
でもここは、ちょっと想像力を働かせましょうよ。
そして呆れ果てる近隣の県へ出向いてのレジャー(?)
出かける本人たちは車から出ないドライブのつもりかもしれませんけれど、大渋滞を引き起こすほどの人出ってどういうこと?
サーフィンを楽しむってどういうこと?
海なら外だし、人との距離は取れるし、話もしないから安全ですか?
そこまで出かけていく途中はどうなのですか?
多くの店舗や駐車場が営業を取り止めている中、その地に暮らしていらっしゃる方たちの迷惑は?
間もなくやってくるゴールデンウィーク、移動を《自粛》してくださいと要請しても知らん顔の人たち、きっといるのでしょうね。
もちろん本当に移動が必要な人たちは仕方ないです。
そういう方は十分に注意をして、《自粛》が原則であることを理解した上で、常識的な行動を取られるでしょうから。
ひとり暮らしをしている大学生たちが、アルバイト収入も減り、仕送りだけでは生活できなくて困っているという話を見聞きすれば、親元に帰らせてあげたいと思います。
少なくとも、食べるのに困ることはないでしょうから。
大学の授業は始まっていないのですし、オンライン授業ならどこででも受けられますから。
それでも、自分がふるさとにウィルスを持ち帰ってはいけないと耐えて耐えてがんばっている学生さんたちもたくさんいるのですよね。
多くの人たちが《自粛要請》を受け入れ、今自分がしてはいけないこと、しなくてはいけないことを考えながら暮らしている現在、《自粛》という言葉を理解できない(あえて言います)おバカさんたちが一定数いるのですよね。
《自粛》という言葉が理解できないなら、ひとりひとりのちょっとした《我慢・辛抱》が必要なのだということが理解できないのなら、あとはもう《禁止》《閉鎖》《罰則》を持ち出すしかなくなってしまいます。
もしかしたら、もうそうするしかないところまで来てしまっているのかもしれないとも思います。
海岸へ出られなくするためにテープを張ったり、注意を促す看板を掲示したりする映像を見て、心から情けないと思いました。
私たちは、日々の暮らしがほんの少し息苦しくなって、ほんの少し不自由になって、ほんの少しの《辛さを抱えている=辛抱している》だけなのです。
新型コロナウィルスが怖いと自衛しながら、それでも日常生活を送ることはできているのですよね。
でもその怖いウィルスに立ち向かって日々奮闘してくださっている皆さんも多いのです。
今目の前にいる人が陽性であることを知りつつ、治療に当たる医療従事者の皆さんや、私たちが暮らしに困ることがないよう営業を続けてくださっているスーパーやコンビニなど小売店の皆さん、飲食店の皆さんなど。
私たちと同じように怖くても、逃げることができない皆さんのことを思うと、私たちの辛抱や閉塞感なんて、たかがしれています。
私も疲れてきたな…とか息苦しいな…と思い始めている我が身を振り返っています。
その暮らしの中で、何か前向きなこと楽しいことを見つけ出そうと努力もしているつもりですけれど、もっとできることがあるのかもしれません。
とにかく『うちで過ごそう』『Stay home』。
この騒動が終息しなければ、今の閉塞感はずっと続くのですから。
ひとりひとりの小さな努力が、大きな成果を生むかもしれないのですから。
これまでは、新型コロナウィルスのことをことさらに記事にするつもりはなかったのです。
素人があれこれ言ったところで、すでにどこかで言われていることばかりになると考えていますし、不正確なことを書いてもいけないと考えていますので。
でも、(あえて言います)おバカさんたちの行動を見ていると心底腹立たしくなってしまいました。
感謝の気持ちを忘れず、自分にできることを問い直しつつ、うちで過ごします。
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